やまぐち創生テレワーク実践者・ワーケーション体験者の声
EXPERIENCE

自分でつくるというアクションがまちの発展につながる
高汐 亜依さん

初めて訪れた萩で人の温かさとまちの魅力に触れた

山口県に移住するきっかけについて教えてください

神奈川県川崎市で生まれ育ち、中学生の頃に映像に関わる仕事がしたいと、高校から映像の勉強を始めました。専門学校で本格的に映像を学び、テレビ局関連の会社に就職しました。萩には休暇で、2014年に初めて訪れたのですが、映像ともう一つ、歴史も好きで、明治維新にゆかりのある萩に行きたいと思ったのがきっかけでした。その際、着物ウィークというイベントで出会ったご夫婦にとても良くしてもらい、萩の人の温かさに触れました。また、萩の風景を撮影していると、おこがましいですが、この美しいまち並みを映像や写真という形で未来に残していけたらと思うようになり、その後、約3年勤めた会社を辞め、萩のゲストハウスで約3ヶ月間のお試し暮らしをすることになりました。

(一番好きな場所は菊ヶ浜で、撮影はもちろん、何もせず海を眺めることもあります。)

地域の人たちや目の前にあることを大事にする

移住という決断に至った要因やその後の定住までについて教えてください

(萩市地域おこし協力隊で活動している当時の様子)

お試し暮らしをしている時、地域おこし協力隊の募集があることを聞きました。これは何かのご縁だと、思い切って応募したら採用が決まりました。その後、2016年に萩に移住し、これまでの映像制作の経験を活かして、萩の観光PRや魅力発信の仕事をしてきました。縁もゆかりもない土地にきた私にとって、協力隊の3年間は自治体や地域の方々、さまざまな人たちに支え、育ててもらう中で、地域の人々や目の前にある一つひとつのことを大切にしようと心掛けるようになりました。そんな想いが芽生え始めた頃、萩に定住することを決意し、地域おこし協力隊卒業前に、ここで起業し、生活していこうと具体的な行動を起こすようになりました。「人」と「土地」に導かれるように、今の自分があります。

テレワーク×二足のわらじで働くことにシフトした

定住後の暮らし方や働き方について教えてください

地域おこし協力隊を卒業し、独立後は都市部の仕事も視野に入れ、萩と神奈川を行き来する「二拠点生活」を計画していました。しかし、半年後にコロナ禍が訪れ、萩に腰を据えてテレワークという新たな働き方を選択することになりました。働き方が大きく変わる中で、これまでの映像制作に加え、SNSの運用やYouTube編集など、新たな領域にも挑戦し、仕事の幅を広げていきました。萩には独特な時間の流れがあり、都会では気づけなかったことを気づかせてくれる、穏やかで豊かな空気があります。クリエイティブな仕事をする私にとって、萩はまさに「感性を研ぎ澄ます場所」です。映像や写真を通して表現する力が、ここでは自然と高められる――そんな不思議な魅力が、この「まち」にはあります。

(萩は豊かな自然に恵まれ、歴史的な町並みや景観などを感じることができる)

明治維新胎動の地・萩には今までやったことのないことに挑戦する風土があ

今後、山口でやりたいことや挑戦したいことを教えてください

(明治維新の志士を育てたことで知られる吉田松陰を祀る松陰神社)

私がテレワークを始めた頃、萩でそのような働き方をする人はほとんどいませんでした。ただ、ここ数年、萩の風土に魅力を感じたIT企業などのサテライトオフィス進出や都市部からのテレワーク移住者が増えてきました。こうした動きがより広がれば、テレワークは萩の「新しい産業」として確立されていくのではないかと思っています。さらに、クリエイターをはじめ多様な職種の人々が集まることで、お互いのできることを補完し合い、自分たちでまちをつくる動きも出てくると思います。特に、萩には仕事がないと、進学や就職を機に地元を離れてしまう若者たちに、テレワークのような新しい働き方やクリエイティブな職種があることを伝えられればいいなと思います。

最後に、山口県への移住に興味を持っている方にメッセージをお願いします

 地域によって歴史や風土、感じ方、捉え方は異なると思いますが、それらを受け入れつつ、自分のスタイルを貫くことが大事だと思います。私の場合、コロナ禍でこれまでの日常が非日常になった時に、萩に元々ある日常の大切さに気づき、自分にできることをやろうと決意しました。また、萩を初めて訪れた際に出会った夫婦は、今では私の頼れる萩のお父さん・お母さん的な存在です。わからないことは教えてくださいと素直に、オープンに接することで家族のように温かく受け入れてくれる人たちが萩にはいます。一歩踏み出すことでそういった出会いや発見を楽しんでいただけたらと思っています。