やまぐち創生テレワーク実践者・ワーケーション体験者の声
EXPERIENCE

生まれ育った土地から縁もゆかりもない土地への移住を実現
森下 涼子さん

大学の友人からの誘いで下関を訪れること

山口県に移住するきっかけについて教えてください

愛知県で生まれ育ち、地元の音楽大学を卒業後、証券会社へ就職しました。世間のイメージ通り朝から晩まで時間を忘れて働くことも多く、満員電車での通勤や、仕事以外の人付き合いも増え、スケジュールがいつも埋まっている状態で、慢性的に疲弊していました。少しずつ心身の不調を感じるようになった30歳過ぎに、下関市に住む大学の友人からピアノの発表会を手伝ってほしいと頼まれ、人生で初めて下関を訪れたことがきっかけとなり、退職したい思いの強まった40歳を過ぎたタイミングで、下関へ移住しようと決意しました。

(下関市豊北町にある絶景ビュースポット「角島大橋」)

縁もゆかりもない土地への移住

移住という決断に至った要因や決断してからのエピソードを教えてください

(下関市豊田町にある道の駅「蛍街道西ノ市」スーパー代わりに利用)

友人の誘いで下関と出会い、その後1年に1回は下関を訪れていました。そのたびにきれいな景色を眺めたり、好物の新鮮なお刺身を楽しんだりと、下関のいろんな魅力に触れることができました。定年退職後に地方へ移住する話はよく耳にしていましたが、私はその頃では体力的に難しいだろうと考えた事が決め手になりました。移住を決断してからは仕事や生活をどうするかを考えたり、空き家バンクで家を探したりしました。最終的には田園風景が広がる友人の実家前の土地に家を建てることになり、約5年かけて準備をし、2019年9月に移住をしました。

コロナ禍をきっかけにテレワークを経験

 移住後の暮らし方や働き方について教えてください

会社員時代の多忙な日々から解放され、愛猫と触れ合ったり、離れてしまっていたピアノを再開したり、近所のゴルフ練習場で体を動かしたり、家の畑で野菜を育てたりと、ゆったりとした時間を大切に過ごしています。趣味のゴルフに関しては家から10分で行けるショートホール3つ併設の練習場があり、ゴルフ場へも20分で行けるという恵まれた環境で、移住後はゴルフを通して沢山の人と知り合えました。 仕事は正社員ではない働き方を選択しました。2020年のコロナ禍で初めて在宅ワークを経験したことをきっかけに、テレワーク就業を意識し始め、経理の資格を取得したり、市開催のテレワーク入門講座を受講したりしました。現在は、日中は派遣社員として県内企業の事務業務を行い、夜は都市部企業の事務業務をテレワークで行うハイブリッドな働き方を実践しています。

(近所のゴルフ場で汗を流し、地元の人たちと話す日常)

テレワーク施設は増える一方、人と仕事はまだまだ

今後、下関でやりたいことや挑戦したいことを教えてください

(テレワークの仕事と人口を増やすことで地方の人手不足の解消に貢献したいと話す森下さん)

テレワーク講座を受講した時にほかの受講生から「家にいることが多い事務仕事未経験の私でも働けますか?」と相談を受けることがありました。下関には事務経験のある人やそもそもテレワークでの仕事自体がまだまだ少ないのが現状だと感じました。そのため、テレワークをしたい人のお手伝いやテレワークでできる業務を切り出したい企業への働きかけなど、20年以上対面で仕事をしてきた経験と下関に移住してから初めてテレワークを経験した私だからできるサポート活動を考えてみたいです。まずは完全テレワーク就業を目指す事務未経験者の方向けに、1日数時間の業務を私が隣にいながらサポートするといったことからチャレンジしてみたいです。

最後に、山口県への移住に興味を持っている方にメッセージをお願いします。

 “都会の名古屋から田舎の下関市豊田町にすごい決断をして来たね(行ったね)”とよく言われますが、私の中では隣町に引っ越ししたくらいの感覚でしたし、移住する前の数年間下関を訪れる中で、この土地は「水が合う」と直感していました。行動を起こすには、人から何か言われても、自分は自分と思うことが大切ですし、移住先で必ず何かしなくてはいけないと思う必要はないと思います。 人見知りで基本ネガティブな性格の私でも、地域の人たちが優しく接してくれて、困った時はお互い様と手を差し伸べてくれますから、何不自由なく暮らせています。時には玄関を開けると野菜が置いてあったりもします。そんな快く受け入れてくれた町や人に、これから恩返しをしていきたいと思っています。次は私が皆さんのお手伝いをしますから、下関市豊田町を移住先にぜひ検討してみて下さい。